最近の記事
天皇陛下御即位20年奉祝の日に
2009/11/12 [Thu] » E d i t天皇陛下御即位二十年奉祝♪

ほんとうに、ほんとうにおめでとうございます!
うーん、しみじみと喜ばしい日です。
うれしかったので仕事帰りにお花を買ってしまいました。
ちゃんと何かしらお祝いを形にしたかったのですよ。
しかし、御即位20年の今回をこんなに粛々とかみしめるようにお祝いする私ですが、それも10年前の御即位10年の奉祝の時はそれほど感慨深くもなかったのでした。

御即位10年の奉祝
なにしろ私は学生時代共産党系の学校へ通っていたせいか、ただ物知らずな思慮浅い若者だったからなのか、はたまた日教組の歪んだ平和教育の賜物か、それとも朝日系新聞やNHKなどTVの報道を世の中の真実だと露ほども疑っていなかったからなのか、天皇なんかいたっていなくたって何をするわけでもなし、ただの象徴なら税金をそのために使うなんてバカらしいんじゃないの?天皇家に生まれたばっかりに堅苦しい生活を余議なくされるなんて可哀そうだし、もう戦争も終わったんだから平民になってしまえばいいんじゃないの?etc…と短絡にそんなことを考えている人間でした。
多分、10年前の自分は「日本なんてたいした国じゃないしアメリカの一部になってもそう変わらないよむしろもっと自由でもっと楽しい国になるんじゃないの?」くらいに自分の国というものの概念の薄い人間だったような気がします。
この10年の間で私の中で何が変わったのか?と自分でも思います。
いろいろ複合的にあるんだろうけれど、大雑把には以下の三つだろうか。
ひとつは単純に年齢を10年分生きてきて自分の知識と経験が増えたということ。
ふたつ目は新聞やTV以外の情報ツールが登場し、どんな田舎でも日本にいる限り幅広い情報を得ることができる、また広域に情報交換ができるようになったということ。
みっつ目が体のまわりにまとわりついていた「自分なんてどうせ…」「日本なんてどうせ…」という無意味な自虐観を客観的に見て「あれ?」と思うことができるようになったということ。
10年前でも私は学校を卒業してすでにずいぶん経っていて社会人としてそこそこ働いていたけれども、お子様気分が抜けていなかったし自分の未来を考えることもあまりなかったと思う。
未来も過去もどうでもよくてとにかく「今現在」が良ければそれでよかったのだ。
その傾向は今でもやはり多分にあるのだけれど、今が大事ならば過去も未来も大事にしないといけないのではないか?と、ここ最近になってやっと自然に思えるようになったのかな…。
それは新しい情報の交換によるものだったり、つきあっている人間のタイプが10年前とずいぶん変わったからだったりするんだろうけど。
自分とは自分だけのものだという感覚から、私が大切にしたいと思う人間がいるように、私を大切に想う人間もいるのだという感覚へ変わったのと同じような時期に、私は「自分の国」というものを考えるようになりました。
調べるつもりもなく、しかしちょっと目を開いて耳を立てて情報を組み立てると、私は自分が日本人でありながら本当に日本をよく知らないんだなぁと思ったのです。
その中で興味を持ったもののひとつが神社でした。
もともと神社は身近で心休まる場ではあったんだけど、あるきっかけから神社そのものに興味を持ち、御神体に興味を持っては神話に興味を持ち、神話の世界と皇室の成り立ちに興味を持ち始めました。
どこかしら旅行に行けば、その先々で面白い場所や歴史やエピソードが日本にはごろごろ転がっていました。
浅い知識なんだけれど、改めて眺めると「日本という国はとても面白い!」ということに気が付いたのがこの10年の間なのです。
天皇陛下について決定的に意識が変わったのは本当にここ数年のことです。
九州に旅行に行き、その時に宮崎県高千穂の天岩戸神社へ立ち寄ってから。
天岩戸神社にある御神体である天岩戸そのものは写真撮影禁止です。
で、そこに何があるかというと、「天岩戸」があるだけで、しかもそれは自然現象によっては何年か後には形すら消えてしまうものだったりします。
私は鈍いタイプの人間なので目に見えないものを具体的に感じることは苦手です。
パワースポットという場所も私には猫に小判…
しかし、その時に解説してくださった若い神主さん(あれ?巫女は女性だけど男性って何って言うんだっけか?)のお話がものすごく私にはクリティカルヒットしました。
そんなに小難しいお話でもなんでもありません。
ただ、
「天皇陛下はどんな時も日本の安寧をお祈りている尊い存在なのです」
というさっくりしたお話でした。
神話の時代から天皇家がこの日本で特別なのは、この国の民が飢えることのないようにこの瑞穂の国が豊かな実りに恵まれますように…と常に祈り続けておられるからなのです、というシンプルなお話です。
シンプル過ぎて目から鱗が落ちました。
そんなの祈るだけなら誰だって…とも思いました。
でも、そのお話を聞いて私は泣けてきそうになりました。
私のような浅はかで無知な人間(国民)が自分の国のことなんてどうだっていいと思い、「天皇家なんてなくなってもいいじゃん」とか「何もしてないくせに税金の無駄遣いだ」とか言いたい放題であっても、それでもなお天皇陛下は日本のために、日本の国民のためにと日々祈り続けておられるのだと知ったからです。
その時のシンプルな衝撃から、私はシンプルに天皇陛下を尊敬し日本人として誇りに思うと同時に大切にすべき存在だと、すとんとそのことが胸に納まったのでした。
だから、この御即位20年の奉祝は心からお祝いを申し上げたかった。
でも実はどうそれを表現してよいかまだ自分の中でもやもやしていました。(慣れていないから?w)
当然平日の今日は仕事だし皇居にまで行けなかったわけですが、運よく通りかかった場所に奉祝記帳の場があり(!)、お祝いを申し上げる機会に恵まれました。
毛筆で達筆は自信がなかったのでサインペンで記帳させて頂きました。
うまく言えませんが、こんな不良国民だった私をも含め20年、いえ、もっと永きにわたり真摯に日本の安寧をお祈りされている天皇陛下皇后陛下に少しでも感謝の気持ちを伝えたかったのです。
本当におめでとうございます!
そしてありがとうございます。
天皇陛下皇后陛下が末長くお元気であられるよう、心から感謝しお祈り申し上げます。


ほんとうに、ほんとうにおめでとうございます!
うーん、しみじみと喜ばしい日です。
うれしかったので仕事帰りにお花を買ってしまいました。
ちゃんと何かしらお祝いを形にしたかったのですよ。
しかし、御即位20年の今回をこんなに粛々とかみしめるようにお祝いする私ですが、それも10年前の御即位10年の奉祝の時はそれほど感慨深くもなかったのでした。

御即位10年の奉祝
なにしろ私は学生時代共産党系の学校へ通っていたせいか、ただ物知らずな思慮浅い若者だったからなのか、はたまた日教組の歪んだ平和教育の賜物か、それとも朝日系新聞やNHKなどTVの報道を世の中の真実だと露ほども疑っていなかったからなのか、天皇なんかいたっていなくたって何をするわけでもなし、ただの象徴なら税金をそのために使うなんてバカらしいんじゃないの?天皇家に生まれたばっかりに堅苦しい生活を余議なくされるなんて可哀そうだし、もう戦争も終わったんだから平民になってしまえばいいんじゃないの?etc…と短絡にそんなことを考えている人間でした。
多分、10年前の自分は「日本なんてたいした国じゃないしアメリカの一部になってもそう変わらないよむしろもっと自由でもっと楽しい国になるんじゃないの?」くらいに自分の国というものの概念の薄い人間だったような気がします。
この10年の間で私の中で何が変わったのか?と自分でも思います。
いろいろ複合的にあるんだろうけれど、大雑把には以下の三つだろうか。
ひとつは単純に年齢を10年分生きてきて自分の知識と経験が増えたということ。
ふたつ目は新聞やTV以外の情報ツールが登場し、どんな田舎でも日本にいる限り幅広い情報を得ることができる、また広域に情報交換ができるようになったということ。
みっつ目が体のまわりにまとわりついていた「自分なんてどうせ…」「日本なんてどうせ…」という無意味な自虐観を客観的に見て「あれ?」と思うことができるようになったということ。
10年前でも私は学校を卒業してすでにずいぶん経っていて社会人としてそこそこ働いていたけれども、お子様気分が抜けていなかったし自分の未来を考えることもあまりなかったと思う。
未来も過去もどうでもよくてとにかく「今現在」が良ければそれでよかったのだ。
その傾向は今でもやはり多分にあるのだけれど、今が大事ならば過去も未来も大事にしないといけないのではないか?と、ここ最近になってやっと自然に思えるようになったのかな…。
それは新しい情報の交換によるものだったり、つきあっている人間のタイプが10年前とずいぶん変わったからだったりするんだろうけど。
自分とは自分だけのものだという感覚から、私が大切にしたいと思う人間がいるように、私を大切に想う人間もいるのだという感覚へ変わったのと同じような時期に、私は「自分の国」というものを考えるようになりました。
調べるつもりもなく、しかしちょっと目を開いて耳を立てて情報を組み立てると、私は自分が日本人でありながら本当に日本をよく知らないんだなぁと思ったのです。
その中で興味を持ったもののひとつが神社でした。
もともと神社は身近で心休まる場ではあったんだけど、あるきっかけから神社そのものに興味を持ち、御神体に興味を持っては神話に興味を持ち、神話の世界と皇室の成り立ちに興味を持ち始めました。
どこかしら旅行に行けば、その先々で面白い場所や歴史やエピソードが日本にはごろごろ転がっていました。
浅い知識なんだけれど、改めて眺めると「日本という国はとても面白い!」ということに気が付いたのがこの10年の間なのです。
天皇陛下について決定的に意識が変わったのは本当にここ数年のことです。
九州に旅行に行き、その時に宮崎県高千穂の天岩戸神社へ立ち寄ってから。
天岩戸神社にある御神体である天岩戸そのものは写真撮影禁止です。
で、そこに何があるかというと、「天岩戸」があるだけで、しかもそれは自然現象によっては何年か後には形すら消えてしまうものだったりします。
私は鈍いタイプの人間なので目に見えないものを具体的に感じることは苦手です。
パワースポットという場所も私には猫に小判…
しかし、その時に解説してくださった若い神主さん(あれ?巫女は女性だけど男性って何って言うんだっけか?)のお話がものすごく私にはクリティカルヒットしました。
そんなに小難しいお話でもなんでもありません。
ただ、
「天皇陛下はどんな時も日本の安寧をお祈りている尊い存在なのです」
というさっくりしたお話でした。
神話の時代から天皇家がこの日本で特別なのは、この国の民が飢えることのないようにこの瑞穂の国が豊かな実りに恵まれますように…と常に祈り続けておられるからなのです、というシンプルなお話です。
シンプル過ぎて目から鱗が落ちました。
そんなの祈るだけなら誰だって…とも思いました。
でも、そのお話を聞いて私は泣けてきそうになりました。
私のような浅はかで無知な人間(国民)が自分の国のことなんてどうだっていいと思い、「天皇家なんてなくなってもいいじゃん」とか「何もしてないくせに税金の無駄遣いだ」とか言いたい放題であっても、それでもなお天皇陛下は日本のために、日本の国民のためにと日々祈り続けておられるのだと知ったからです。
その時のシンプルな衝撃から、私はシンプルに天皇陛下を尊敬し日本人として誇りに思うと同時に大切にすべき存在だと、すとんとそのことが胸に納まったのでした。
だから、この御即位20年の奉祝は心からお祝いを申し上げたかった。
でも実はどうそれを表現してよいかまだ自分の中でもやもやしていました。(慣れていないから?w)
当然平日の今日は仕事だし皇居にまで行けなかったわけですが、運よく通りかかった場所に奉祝記帳の場があり(!)、お祝いを申し上げる機会に恵まれました。
毛筆で達筆は自信がなかったのでサインペンで記帳させて頂きました。
うまく言えませんが、こんな不良国民だった私をも含め20年、いえ、もっと永きにわたり真摯に日本の安寧をお祈りされている天皇陛下皇后陛下に少しでも感謝の気持ちを伝えたかったのです。
本当におめでとうございます!
そしてありがとうございます。
天皇陛下皇后陛下が末長くお元気であられるよう、心から感謝しお祈り申し上げます。

「かもめ食堂」から「めがね」、「南極料理人」、そして「プール」へ
2009/10/23 [Fri] » E d i t「かもめ食堂」が大好きです。
何度観てもあきません。
そうして次の映画「めがね」もかなり好き。
南の島へ行きたくなります。
って、南に行き過ぎw
ふー、赤道近くまでもどってきた。
タイとはいえ山間部のチェンマイなら案外過ごしやすそう?
しかし、小林聡美ともたいまさこ最強。
質問:
これらに共通するものはなんでしょう?
答え:
映画ごはんがとってもおいしそうでたまらない!
何度観てもあきません。
![]() | かもめ食堂 (2006/09/27) 小林聡美、片桐はいり 他 *詳細を見る |
![]() | 「かもめ食堂」オリジナル・サウンドトラック (2006/03/15) サントラ井上陽水 *詳細を見る |
そうして次の映画「めがね」もかなり好き。
南の島へ行きたくなります。
![]() | 映画「めがね」オリジナル・サウンドトラック (2007/08/22) サントラ大貫妙子 *詳細を見る |
って、南に行き過ぎw
![]() | ごはんにしよう。―映画「南極料理人」のレシピ (2009/07/25) 飯島 奈美 榑谷 孝子 *詳細を見る |
![]() | 面白南極料理人 (新潮文庫) (2004/09) 西村 淳 *詳細を見る |
ふー、赤道近くまでもどってきた。
タイとはいえ山間部のチェンマイなら案外過ごしやすそう?
![]() | プール オリジナルサウンドアルバム (2009/08/21) サントラ佐野遊穂 *詳細を見る |
しかし、小林聡美ともたいまさこ最強。
![]() | プール (2009/08) 桜沢 エリカ *詳細を見る |
質問:
これらに共通するものはなんでしょう?
答え:
![]() | シネマ食堂 (2009/09/04) 飯島奈美 *詳細を見る |
映画ごはんがとってもおいしそうでたまらない!
![]() | ecocolo (エココロ) 2009年 10月号 [雑誌] (2009/08/20) 不明 *詳細を見る |













![ecocolo (エココロ) 2009年 10月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/61xGOJXMoZL._SL160_.jpg)