小さなお茶会 ~じるこん堂へようこそ~

匂いの迷路をひげの指すとおり進めば 少々思わぬことに出くわしても辿りつける…らしい。

11« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»01

12月の記事一覧

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RED WARRIORS  20th Anniversary「Lesson 20 」 

記憶のないクリスマスを過ごしたけど、仕事納めであんなにうれしかったのも久しぶり。



ああ~!! お休みってすばらしい!。(>_<)。




Lesson 20 RED WARRIORS 20th Anniversary BoxLesson 20 RED WARRIORS 20th Anniversary Box
(2007/04/04)
RED WARRIORS

*詳細を見る


◇1986年10月10日リリース
Lesson 1

1. SHOCK ME
2. OUTSIDER
3. BLUE BOY'S BLUES
4. BLACK JACK WOMAN
5. BAD LUCK BOOGIE
6. BIRTHDAY SONG
7. WILD CHERRY
8. ABAZURE
9. GUERRILLA
おまけ
10. OH,MY GOD *Out Take



◇1987年6月21日リリース
CASINO DRIVE

1. CASINO DRIVE
2. I MISS YOU
3. OLD FASHIONED AVENUE
4. OUTLAW BLUES
5. MORNING AFTER
6. JOHN
7. MONKEY DANCIN'
8. FOOLISH GAMBLER
9. WINE & ROSES #2 *Club Version
おまけ
10. WINE & ROSES *EP Ver.
11. I Am The Walrus *C/W WINE & ROSES EP
12 .Birthday Song-Another Tape *C/W WINE & ROSES EP
13. ルシアン・ヒルの上で *EP Ver.
14. Rolling Down The street *C/W ルシアン・ヒルの上で EP



◇1988年4月1日リリース
KING'S

1. KING'S ROCK'N' ROLL
2. NEVER GIVE UP
3. SHAKIN' FUNKY NIGHT
4. THE DAY AFTER
5. ANOTHER DAY, ANOTHER TIME
6. ROYAL STRAIGHT FLUSH R&R
7. JAJAUMA-NARASHI
8. じゃじゃ馬ならし
9. WILD AND VAIN
10. PARTY IS OVER
11. IT'S ALL RIGHT
おまけ
12. MORNING AFTER-LiveVersion *C/W ROYAL STRAIGHT FLUSH R&R EP
13. STILL OF THE NIGHT *EP Ver.
14. VIRGIN MARY *C/W STILL OF THE NIGHTEP



◇1989年7月21日リリース
SWINGIN' DAZE

1. 欲望のドア
2. DANCE MACABRE
3. SUNDAY SUNSHINE
4. SISTER
5. 鏡の前のメリーアン
6. SWEET RED FLOWER
7. 灰と蜃気楼
8. 90'S REVOLUTION
9. GOLDEN DAYS
おまけ
10. LADY BLUE *EP Ver.
11. MR.WOMAN *C/W LADY BLUEEP
12. LADY BLUE(Completed Take)



◇1989年9月10日リリース
KING'S ROCK 'N' ROLL SHOW - LIVE AT SEIBU STADIUM

1. KING'S ROCK'N' ROLL
2. SHOCK ME
3. OUTLAW BLUES
4. PARTY IS OVER
5. WINE & ROSES
6. ROYAL STRAIGHT FLUSH R&R
7. NEVER GIVE UP
8. IT'S ALL RIGHT



◇1988年7月21日リリース
LIVE AT BUDOKAN

1. CASINO DRIVE
2. MONKEY DANCIN'
3. OLD FASHIONED AVENUE
4. WINE & ROSES
5. JOHN
6. SHOCK ME
7. WILD CHERRY
8. BIRTHDAY SONG
9. OUTSIDER



◇1989年7月21日リリースDVD
SWINGIN' DAZE

1. 欲望のドア
2. SISTER
3. DANCE MACABRE
4. SUNDAY SUNSHINE



◇1989年11月21日リリースDVD
BEST VIDEO CLIPS

1. OUTSIDER
2. WILD CHERRY
3. WINE & ROSES(バラとワイン)
4. ルシアン・ヒルの上で
5. ROYAL STRAIGHT FLUSH R&R
6. STILL OF THE NIGHT
7. LADY BLUE
8. IT'S ALL RIGHT


◇1990年2月1日リリースDVD
FINAL LIVE VOL I&II

1. WILD AND VAIN
2. SWEET RED FLOWER
3. NEVER GIVE UP
4. 欲望のドア
5. SISTER
6. GOLDEN DAYS
7. 90'S REVOLUTION
8. FOOLISH GAMBLER
9. SHOCK ME
10. WINE & ROSES(バラとワイン)
11. I MISS YOU
12. SUNDAY SUNSHINE
13. MR.WOMAN
14. THE DAY AFTER
15. SHAKIN' FUNKY NIGHT
16. LADY BLUE
17. ルシアン・ヒルの上で
18. ROYAL STRAIGHT FLUSH R&R
19. KING'S ROCK'N' ROLL
20. IT'S ALL RIGHT



◇TV SHOWS and MORE
TV番組出演時の模様などを収めた映像を収録。

【概略】
1985年
元レベッカのギタリスト木暮武彦(シャケ)を中心に、田所豊(DIAMOND☆YUKAI Vo)、小川清史(B)、小沼達也(Dr)で結成。結成当初より精力的なLIVE活動を行う。

1986年
メジャー・デビューを前に東京・渋谷公会堂(現CCLemonホール)をソールドアウト。
以降日本武道館、西武球場とLIVEキャパシティを拡大してゆく。

1989年
デビューから3年を経て突如解散。
僅か3年という短いメジャー活動期間ながらも、当時から現在に及ぶまで、唯一で絶対的な個性は他の追随を許さない。

解散後も1992年、1996年、1999年にそれぞれ再結成(メンバーはシャケ・ユカイ・キヨシの3人)を果たすも、現在レッド・ウォーリアーズとしては活動休止中。



レッツ大人買い!
…しようと思っていたんだけど、うっかり地上18階にあるエステでん万円チケット買っちゃった!てへ。

だって、めっさ癒されたんだよぅ。
今のあたしにはおもてなしの癒しが必要なんだよぅ。

ああ、バリ島行きたい…。
テガラランの棚田が見たい…。*→こんなの

というか、レッズとバリ島って真逆の組み合わせだわな。
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フラン・ルーベル・クズイ監督 『TOKYO POP』 ②尾崎豊とダイアモンド☆ユカイ 

実は、この映画で歌ってる「Natural Woman」♪のキャリーとユカイ君の掛け合いがすっごく好きだ。


★【『TOKYO POP』ユカイ&キャリー・ハミルトン「NATURAL WOMAN」




ユカイ君はもともと声量はあるから、キャリーと張り合うつもりでがなろうと思えばいくらでもがなれるんだよね。
でも、この歌の時はキャリーの声に寄り添うようにエスコートしてるようにやさしい。

私はこんな風にやさしいユカイ君の歌声がもっともっと聴きたいんだけどなぁ。

ちなみに、このベッドシーンは監督がじれるくらいユカイ君が照れて恥ずかしがって大変だったそうだw。(ただ上半身裸でベッドにいるだけのシーン)
ほんとにカワユイ男だよ。

この時ウエンディを慰めるためにユカイ君(ヒロ)が「ナチュラル・ウーマン」を「ユーメイクミ♪フィールラァイク、ナーチュラル…マァン♪」とお茶目に変えて歌ってたけど、後に同じタイトルでユカイ君について語った本が出ている。>「NATURAL MAN」(多分もう絶版…)

あ、まだあった?

ナチュラル・マン ダイアモンド・ユカイパーソナルブックナチュラル・マン ダイアモンド・ユカイパーソナルブック
(1989/07)
田所 豊、朱雀 正道 他

*詳細を見る




昔、某ラジオ局で「SFロック・ステーション」という深夜番組があってその中で最初の15分間の「ロックンロール宣言」というコーナー(*最終回は1993年7月2日)でパーソナリティーを務めていた藤沢映子さんがインタビューしそれをまとめた、バンド本「HAPPY」となんか混乱してるな^^;。


HAPPY RED WARRIORS―レッドウォーリアーズ・ストーリーブックHAPPY RED WARRIORS―レッドウォーリアーズ・ストーリーブック
(1988/11)
藤沢 映子

*詳細を見る



ロック番組って今あんのかしらね…^^;。
ラジオのロック番組って言うとハーフか帰国子女かと思うような英語流暢辛口ノリノリでワイワイワッショーイ「イエ~イ!!みんな、ノッてるかーい!!」的なお祭り騒ぎなイメージがあるかもしれないけど、この番組はパーソナリティーの人柄か、とても静かでまじめなでも音楽に対して真摯な情熱を感じさせるひたむきな雰囲気があって好きだったなぁ。(時にはキツイ意見もあったような気がするけど)
英語もそう流暢でもなかったけど、やたら形容詞に英語を挟んだりして「ロックっぽく」聴かせるってこともなく、リスナーに対してもバンドや歌い手に対してもリスペクトを忘れない、けど堅苦しくないってところが人気のあった所以だったと思う。
なので、彼女がインタビューするとガードの固い歌い手もついべらべら己をさらけ出しちゃうという伝説もあったとかなかったとか。

そういえば、当時ネット環境はおろかTVも持ってなかった私が唯一音楽情報源として仕入れていたのがこの「SFロック・ステーション」だったかもしれない。




ところで監督のフラン・ルーベル・クズイ氏は、最初このヒロの役を探して日本の音楽シーンを漁っていて、その頃音楽PVで見た尾崎豊に目も心も釘付け「彼しかいない!!」と監督自らわざわざ日本の事務所にまで出演依頼の交渉をしに来ている。


壊れた扉から壊れた扉から
(2001/04/25)
尾崎豊

*詳細を見る



監督が直接会って話した尾崎はPVのイメージよりも「まじめで知的で真摯、そしてなによりハンサムだった」そうだ。
しかし、尾崎本人とこの映画の脚本について話し合った結果、「これは僕の役ではないと思う」という結論に達し、監督もそう感じて尾崎主演の映画となるはずだったプランは消えたのだった。
ちょっと観てみたかった気もするなぁ>尾崎豊の『TOKTO POP』。

「尾崎しかいない!」と意気込んでやってきたクズイ監督が、「じゃぁ誰にしよう…」と思案していた時に当時同じ事務所だった、じゃらじゃらしたアクセサリーに長髪スレンダー、ひょろ長いのっぽのシャケが登場。

「バンドマン探してるんだって?
 昼飯おごってやるから付いて来なよ、ぴったりなヤツ紹介するからさ」


監督けっこうビビったらしいw(ヘンなところ連れ込まれたらどうしようって)




「で、連れて行かれたのが下町のカレー屋で紹介してもらったのがユカイだったってわけw」

最初紹介されたときは尾崎と正反対なユカイ君に「えーーーー???」と思ったという監督、あなたは立派にオンナですね。
尾崎はぱっと見「ハンサムガイ」だけどユカイ君はどっちかってーと「ファニーフェイス」だもの。
それに尾崎の音楽PVを見て「これだ!!」と思った人がレッズのPV見れば「真逆じゃねーかよw」と思うじゃろ。



しかし、しばらくユカイ君とお話ししているうちに笑い転げて

「ヒロ役はユカイしかいないわ」

と思うのにそう時間はかからなかったという。
ちなみにユカイ君の名前は田所豊
ちなみにベースのキヨシ君は、同じ事務所所属の尾崎豊のローディー(裏方)くんだった。
レッズがメジャーデビューすると決まって「おれ、表舞台でやっていけるかなぁ…」と悩んでいた時に、「キヨシならやれるって!」と背中を押したのも尾崎だった。

というわけで、尾崎がいなければキヨシ君がレッズでベースを弾いていなかったかもしれないし、ユカイ君主演の『TOKYO POP』は存在しなかったかもしれない。




★【『TOKYO POP』フラン・ルーベル・クズイ監督インタビュー&RED WARRIORS 「WINE&ROSES バラとワイン」





当時ユカイ君の英語は映画の役まんま実にブロークンで、まるででたらめだったらしいけどしゃべっているとおかしくて楽しかったんだそうな。
あっち(アメリカ)でもでたらめ英語で臆することなくいつの間にかスタッフとも溶け込んでいって「おまえっておもしれーな!」とすぐコミュニケーションがとれたとか。

この映画の成り行きそのものも、当時の時代の匂いをも醸し出してると思う。
映画の作りそのものは、昨今の「よく出来てる映画」と比べると技術や予算の関係もあって安っぽく見えるような気がするけど、でも、

ユカイ君の魅力バクハツな映画なので、大好きで何度も観たし、また観たくなったー。

それにもうすぐクリスマスだ。
クリスマスソングっていろいろ出てるけど、こるちのベストクリスマスソング集には必ず入っているのがレッズのこの「バラとワイン」。

時代を反映してかなりバブリーな雰囲気だけど、こんな楽しいクリスマスソングってあんまりないよね。
下品だけどシャイ!?ふざけてるけどピュア!?貧乏だけど心は錦!!みたいなところが今も大好きだ!




フラン・ルーベル・クズイ監督 『TOKYO POP』 ①ダイアモンド☆ユカイ初出演映画 

そのユカイ君が主演した映画がある。(あれ?主役はキャリーだっけか?なんかインパクトはユカイ君の方が強いんだけど)
日本が舞台のアメリカ映画なので、ちょっと「なんじゃこりゃ!?」な部分もあるけど、おおまかには違和感はなかったかなぁ。
なんちゃってやくざ&デカ映画の『ブラック・レイン』よりは…。
あ、役者や映画のノリは好きですよw
でも日本の暴走族、オフロードバイク使いませんからー!! 
つか刀振り回して片手でバイクなんか乗れるかーー!(*刀=右手だったらアクセル使えない、刀=左手だったらクラッチ使えない)
せっかくの残酷シーンなのに笑っちゃったじゃないかー。





トーキョー・ポップ』(1987年)はクズイ・エンタープライズの制作。
当時まだできたての制作会社だったのでは。
監督の脚本がよかったと思うけど、ある意味ナチュラルな「日本」(ガイジンの目から見た)を描いてあったように覚えている。

でも多分、ユカイ君のあのキュートさは脚本の段階では想定外だったんじゃないかな。



★【TOKYO POP ダイアモンド☆ユカイ  BLUE SUEDE SHOUS




うーん、映画での他のメンバーって「ああ、80年代の匂いがする~…」と思っちゃうんだけど、ユカイ君だけは時代を感じない!?
20年前の映画なんだけど、ユカイ君って…ユカイ君のまんまなんだなぁ。

さて、そのユカイ君の役どころはまんまチンケな日本のアマチュアバンドマンで、アメリカからやってきたワイルドな金髪美女ウェンディ(もともとはブルネット?)と恋に落ち、一緒にバンドを組んでデビュー→大ヒットをかますというサクセスストーリー。
…というのはホントのような冗談なような下地で、英語の歌を歌うくせに英語はしゃべれないしよく分からないチンピラ日本人バンドマン(ヒロ)と、アメリカはN.Y.で歌手を目指したものの挫折、友人からの手紙で日本での成功を夢を見てやってきたキャリー・ハミルトン演じるウェンディが出会い、文化の違いから衝突しつつお互い「歌で成功したいんだ!!」という共通の夢を通じてバンドを組んだら、日本でメジャーデビュー&大成功…でもそれって「ワタシがガイジンだからじゃないの???」と気がつき…という内容はアメリカ映画の割りにまっとうな文化論を投げかけたアメリカ映画だったと記憶している。

ちなみに出演したのはレッズのメンバー全員じゃなくVoのユカイ君だけで、映画でのバンドのメンバーは別に召集してある。(レッズのメンバーで出せばええに…と思った)
あ、でもこの映画には丹波哲郎とか塩沢トキとか黒木瞳とか、当時まだ無名の三上博史とかアマチュア時代のX-JAPANのYOSHIKIとかけっこうメジャーどころが出演していたらしい。
あれ、メンバーのシャケ、キヨシ、コンマ君も、クソミソに言われている事務所の社長さんもエキストラで出ておったようだ。(詳細はすっかり忘れてるなぁ…)



ただ、レッズが映画のプロモーションを兼ねてTVの歌番組に出た時は
「最近勢い付いてるレッズのユカイ君が今度はアメリカ映画の主演に抜擢~!!」
「日本のバンドが全米でメジャーに!?」
とやや大風呂敷な感じで紹介されてるのが、レッズらしいといえばレッズらしいw。
(古館のからみは今見るとなんかやらしくてキライ…)




★【RED WARRIORS 「FOOLISH GAMBLER」 LIVE ON TV




TVでも言われてるけど、悪ぶってるけどやっぱカワイイんだよねー>ユカイ君。

FOOLISH GAMBLER」も、歌のモデルはユカイ君の友達なんだよ。
曲は…やっぱシャケだなぁ。

このシャケがよく弾いている青いストラトビルローレンスのかなり安いタイプのものだ。(たしか当時で2,3万円代だったような)
だいたいメジャーになるとギタリストは何十万円もするような高級レアギターを手にしたがるものらしいけど、シャケはメジャーになって売れても基本はこの青いギターを好んで弾いていた。
ギターの構造的なことはさっぱり分からないが、「シングルでピックアップ1個というシンプルさ」がまたシャケのこだわりに合ったらしい。

「安いけど気に入ってるんだよね。
高いギターとかいろいろな機能付きの弾きゃ巧いとかカッコイイってもんでもないし、むしろ安いギターだけども俺の方が弾けてるって方がカッコイイよなーっなんてw

それに○○モデルって売り出してるようなギターは高くて貧乏学生には手が出ないけど、これだったら中学生でも買えるしねw」





シャケのそんなところが好きでした…。

その青いストラトシャケモデルとかシャケギターと呼ばれている。
当時は年間販売台数で2年間首位だったというくらい売れたらしい。(今も売ってるのかな)
他にもシャケの「S」とドル箱スターの「$」をもじったイメージのビルローレンスのファイヤーバードというシルバーのギターはシャケデザインで、そのストレートなところもまた好きでした。



トリビュート・トゥ・ストラトキャスター~誕生50周年トリビュート・トゥ・ストラトキャスター~誕生50周年
(2004/08/04)
オムニバス

*詳細を見る


↑意味はあまりない上に映画とも関係はない^^;。
ストラトって意味もわからずあの頃憧れのギターだったなぁ…。





さて、いきなり映画に戻ると、最後でウェンディは「ガイジン」として成功した日本を去り、自分のホームN.Y.で新たに自分自身の挑戦を続けることを決める。
ヒロはヒロで、「ガイジン」パワーで受けていたバンドではなく、「自分自身の歌を歌う」ことを目指す。
それは、恋人だったふたりが離れ離れになるということを意味するのだが、最後に彼らはとても大事なものをお互い手に入れるのだ。

★【TOKYO POP







最後に、ユカイ君がキャリーの顎を「ちょいちょい」と引き寄せてキスするんだけど、キュート過ぎです。(爆死)
照れ笑いのキャリーが素っぽくてこっちまで恥ずかしくなりそうなくらい。
そのウェンディ役のキャリー・ハミルトンは、後年癌のため38歳の若さで他界してました…。(-人-)合掌。


tokyopop ユカイ&キャリー


RED WARRIORS、再び。 ⑤マイ・フェイバリット 扉を開けた曲 

「JOHN」はレッズの曲の中でも私が特に好きだった歌のひとつ。

★【RED WARRIORS 「JOHN」 LIVE AT武道館 1988



この頃のユカイ君のイメージはバブルでゴージャス怖いもの知らずなファッキン・ロックンローラーてな感じなんだけど、この歌を歌っているときのユカイ君が一番ユカイ君らしい自然な気がして好きだった。
この歌はジョン・レノンが大好きだった彼がその死を悲しみ謳った、タイトルどおりにジョン・レノンに捧げた歌なんだ。
私の中ではこの曲だけはレッズの曲というよりも「ユカイ君の歌」という感じで、ソロになってから歌っても違和感のない曲だった。

逆に、ソロになってからのステージでレッズ時代の曲をやると、なんとも言いようのない違和感がじわじわと押し寄せてくるようで、それは顕著にステージでの微妙な空気となって表れ、乗っているのに盛り上がれない、盛り上がんなきゃという精神的にすこし疲れる状態が多々あった。
まるで、ほんとはこんなんじゃないのに自分を騙しだまし「楽しいんだ、楽しいんだ」と取り繕って人前で笑っているように。(分かりにくいと思うけど)

レッズのメジャー曲がほとんどシャケの作詞作曲(あるいは詞がユカイ&シャケで曲がシャケとか)のものだったと思うんだけど、「JOHN」はユカイ君自身の素直な心情を表しているような気がして、そこにほっとするのだ。
なんというか、普段しっちゃかめっちゃかなことばっかり言ってて虚勢ばっかり張ってるヤツでいつも「何言ってんだよもう。どーしよーもねーなぁ」と苦笑しながら相手してるんだけど、ふとそいつの素直な心に触れられたような、そんなはっとする瞬間…がこの歌だったよ。





CASINO DRIVECASINO DRIVE
(1993/10/21)
レッド・ウォーリアーズ

*詳細を見る






レッズのファンは、バンドのコンセプトとはうらはらにアウトローでも世間の鼻つまみ者でもなく、いまや会社にちゃんと就職したり公務員になってたりしてて、まじめに働いてるような中堅サラリーマン・OL層が多いんじゃなかなぁと思った時期がある。

もちろんグラムロック系統にどっぷり浸ったコアなファンもいたと思うけど、解散前のど真ん中を知らない私が、解散後のソロになったユカイ君やシャケがアメリカで新しく組んだユニットバンド「CASINO DRIVE」などのライブへ足を運んで見かけたファンは会社帰りに飛び込んできたスーツ姿だったり割と一般的なというかむしろ地味?な雰囲気だったような気がしたからだ。

もちろん他大勢のファンにはそれぞれの思い入れや接し方があっただろうと思う。

そんな中、ファンの多くがレッズのステージに、あるいはソロになったユカイ君やシャケのステージに吸い込まれたのはこんな気持ちからなんじゃないか?って、ステージを見つめるファンを見ながらふと考えたりしたことがあった。
ボロアパートの一室で曲を持ち寄り、シャケ弁やカレーライスで幸せになったり、金はそんなにないけどでもでっかい夢があってそれは現実と同等以上の重みや価値があって、ほんとに金なんかなかったけどステージでは眩い光を放って輝く一瞬をなによりも求めてた彼らの姿に自分を重ね、理想と現実はずいぶん違うって時には大量の砂を噛んだ時みたい苦くて惨めな気持ちを味わうって知ったけれど、でも!それでも心の中の輝きは失うもんか!…という気持ちを、歌に曲にリンクさせてたんじゃないかなぁ…と。(ほんとに全く個人的な印象にすぎないけども)




★【ルシアンヒルの上で




いけない遊びばかりで はしゃいでいたスクールデイズ
Oh ベイビー まるで昨日の出来事みたいさ

仕事にやつれたお前を思い出すたびに
いつもここへ来るのさ

ちっぽけな町の片隅で
世界をみつめていた俺たち

恐れるものなんて 何ひとつないと
思って た の さ


グッバイ俺たちの 小さな傷跡と
叶うはずのない夢に乾杯さ

ルシアンヒルの上で 置き去りにされた
スユリルメモリー おーいぇーいぇーいぇー そばのうえー
 (空耳…)



キャンディストアの前で からっぽの財布の中 
のぞいて苦笑いをしてたあの頃から

何もなかったように月日が流れても
まだ俺は夢をみてる


いつかまたここに座って
昔の話でもしたいのさ

もう一度行きたいと いつも話してた
この丘の上で

グッバイ俺たちの 小さな傷跡と
叶うはずのない夢に乾杯さ

ルシアンヒルの上で 置き去りにされた
スユリルメモリー 

グッバイ俺たちの 小さな傷跡と
叶うはずのない夢に乾杯さ

ルシアンヒルの上で 置き去りにされた
スユリルメモリー おーいぇーいぇーいぇー そばのうえー 

おーーーーお、おおおおおーー



ルシアンヒルの上で」はレッズの名前も知らない時にラジオから流れたこの曲を聴いて一目惚れ、ならぬ一耳惚れ!?でカセットテープに吹き込んだものをずっと聴いていた、私の中の一番古馴染みの曲になっている。

カセットテープはリピートするのが大変でつた…。
音源がCDになってデーターになってPCで曲が聴けるようになって。
時代が変わってもこの歌の切ないメロディーは今も変わらない。

むしろ、この曲は今聴いた時、昔以上に私を揺さぶる。

「あの時の切なさは、今感じるであろうこの気持ちをすでに体験してたということなのか!?」
と錯覚するほどだ。

知らないうちにもう扉を開けていたんだって、今になって思う。
そして、もう一度同じ扉を開けることは出来ないんだろう。

レッズの曲は、私にとって「扉」そのものだった。

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RED WARRIORS、再び。 ④カオスの中に輝く石 

ものすごく久しぶりに、というかほとんどレッズも忘れてた時にユカイ君がTVに出てて吹いたんだけど、当時のど真ん中を知る由緒あるレッズのファンの方のダイレクトなお話をコメントで聞けて、基本超アナログな自分なんだけど「ネットってこーゆーところがおもしろいんだなぁ!」といたく感心しました。コメントありがとうございました>くられ様 ^^。

そのTV番組【歌スタ】でのユカイ君の言動に、レッズを知ってるファンとまったく知らない人とでは賛否(ユカイらしいorなんだあいつ!?えらそーに!みたいな?)があったと知って、それもまた「へーーっ!!」と驚いたりして。

なんというか、個人的な感想なんだけど、ユカイ君にとっては「なんだあいつ、何様だと思ってんだ!?」と反発を食らうのはむしろ本望なのではないかと思われ。
なにしろ初期レッズ時代のコンセプトが「世間の鼻つまみモノ」「アウトロー」「唯我独尊」とかそんな感じだったような気がするし、ライブでも「オメーらなめてんのかごるらぁー!!」「ファッキュー!」くらい朝飯前?みたいな、世間の常識から外れたところで好き勝手に振舞うという暴れん坊ぶりがレッズの色だったように思うし。

こう書くと「昭和のDQNかよ…」と思われるかもしれないけどそんなんじゃないんだ。
そんなレッズが愛され支持されたのはそれを帳消しにしてしまうようなキュートさや愛嬌がレッズに、ユカイ君に同時に存在してたからなのだ。



★【RED WARRIORS 「WILD CHERRY」 LIVE AT武道館 1988




わはは、ユカイ君がキスしようとしてんのに「おわっw」と逃げるシャケがw
ああ、このライブを体験した人はほんっとうらやましい
まさにこのライブにはステージの神様が降りてきたと思える何かがある。
ライブって不思議な生き物みたいだと思う。
同じメンバーで同じ曲を演ったからって、同じあの世界を必ず創り出せるとは限らないんだから。

この歌だって下品て言っちゃ下品なんだけど、ユカイ君が歌うと今風に言えば「エロかわいい」…?ちょっと違うか^^;でもなんつーか、「ユカイだから許せる」みたいな感じなのよ。






★【RED WARRIORS 「NEVER GIVE UP」 LIVE 1990



これはファイナルライブだっけ?
要するに解散すると決めた後のライブ。
私はこの頃、レッズが解散したことすら知らない…。
後になってビデオで見ては胸の奥で何かが疼く感覚に惹かれ続けていた。



オレにはイカした女神がついているのさ ベイベー

まともに生きるなんて 考えちゃいないのさ
十字架をへし折って 生まれてきたオレさ

ゴミの山に埋もれた 
たったひとつだけの マイシャイニングスター


オレの生きる証さ
そいつを探し出すまで 

I'm never give up!  I'm never dei!

これがオレのやり方さ



この歌を聴く度、ユカイ君は今もその星を探しているんじゃないのだろうかとすら思う。
これもまた歌のチカラか…。






★【RED WARRIORS 「SHOCK ME」 LIVE 1987



1987年(昭和62年)のライブ…ファンの髪型が時代を感じさせます…^^;。
最初から「おらおらロック」なユカイ君。
でも、レッズの歌はこの頃から迷いのない明確な方向性があって、そこにファンは惹かれたんだろうなぁと思う。

SHOCK ME」って歌はものすごくノリノリなスピード感のある曲…というのとはちょっと違う。
むしろ、リズムもどっしりしていて地を這うような低空飛行なイメージ。
この歌ができたときのエピソードがまたシャケ伝説のひとつで揮っている。


まだそれほどメジャーでもなくみんなで四畳半の畳の部屋に集まって曲を作っているような頃。
ある日、シャケは夢を見る。
そこで彼は武道館のステージに立っている。
傍らでユカイ君が歌う。

「ショッーーク、ミーーーーーーッ!!!!!!」


シャケは目が覚めてばあぁーーっと5分くらいでこの曲を書いた。
そして、数年後彼らは本当に同じステージに立つのだ。



日記 *  TB: 0  *  CM: 7  * top △ 

RED WARRIORS、再び。 ③ 水の中の魚のように 

出だしの詞が好きなんだよなぁ。
というか、この頃のレッズのバラードの詞がすごく好きだ。
小難しいカッコイイ言葉をズラズラ並べてるってんじゃなくて、とても易しくてシンプルなんだけどすごくロマンチックなのさ。


「 曇りガラスが 世界を閉ざし
       雨の音も聞こえない… 」



  
ぐはぁっ!今でもハートに突き刺さってくるのはナゼ…?

★【morning after



ギターの木暮武彦がなぜ「シャケ」と呼ばれるようになったのかというと、「ただ単にシャケ弁が好きだったからw」というのはファンの間ではトリビアにもならないほど知れ渡っているミニ知識。
でも、彼はボロアパートの畳の上でもシャケ弁食べながらでも、こんな美しい旋律を、詞を生み出す。


なのに、ほんっっとに彼は歌だけは歌えない人だった。(ライブ盤で一曲だけ歌ってたの聴いたことがあるけどほんっっっっとーに下手だったお…orz…)
自分の曲なのに自分で歌えないってどんな気分なんだろう。
自分じゃないヤツが自分の曲を自分よりも色鮮やかに歌い上げることに嫉妬はなかったんだろうか?

多分、なかったんじゃないかなぁ、この頃のシャケを見る限りの感想だけど。
ユカイ君がのびのび歌ってるのを見てる(聴いている)シャケは、ただ本当にうれしそうに、幸せそうに見えるから。



そんなシャケのというか、レッズのメンバーの性格を端的に現したエピソードがある。
とあるライブの最中のこと、うっかり演目の曲をひとつすっ飛ばしてやってしまった。
よくステージの足元に演目表みたいなのが貼ってあるあれ。

ユカイ(V) 「あ、やっべー飛ばしちまった!ま、いっかー」

キヨシ(B) 「え?ええーー!? あれ?次の曲ってこれだったっけ…?間違ってない?」

コンマ(D) 「!? 何だ何だ??オレだけ変更聞いてねーぞチクショウ!」

ライブ後。

シャケ(G) 「え?順番間違ってたっけ?全然気がつかなかったよー、だってノリよかったし♪」

…こーゆートコロが好きでした。



★【灰と蜃気楼 1988








★【LADY BLUE 1990





反対に、あんなに歌うことに声に恵まれているユカイ君は、…自分自身がのびのび歌えるような曲を己では作れない人なのだと思う。(たまーにコレだ!!ってのもできるけど打率低し…すまん、ユカイ君よ)
レッズ時代の彼らは、まさにぴったりお互いの足りないところを補えあえる名凸凹コンビだったといえる。
ただ補いあうだけじゃなくて、ユカイ君が歌うことでシャケの曲はイキイキとキラキラと輝いたし、迷いのない明確なシャケの世界観があったからこそユカイ君はそのステージの上で演技者に成りきれたのだと思う。

そう、水の中の魚のように。




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RED WARRIORS、再び。② 疾走するミドルナンバー 

当時はロクに情報も掴めなくてコツコツ中古ビデオを探し回ってたもんだけど、今やYouTube様様です。
知らなかった当時の人気絶頂な頃の彼らに再会できて不思議な気分。


★【RED WARRIORS 「STILL OF THE NIGHT」1989




多分、この頃はユカイ君が田所豊ダイアモンド☆ユカイ(今でも時々ダイモンド☆ユカイとどっちだっけと悩む…)との間で揺れ動いて悩んでた頃。
傍若無人で怖いもの知らずのイカれたロックンローラー」というのがレッズのバンド色だったけど、1990年(平成2年)に解散した後のインタビューで

「あの頃はライブが辛くて苦しかった。
夢でうなされてるんだ、ごめんなさい、ごめんなさい、もうこんな歌二度とうたいませんって神様に謝ってるんだ」


みたいなことを言ってたな。
もともとユカイ君は弱気でまじめで思慮型なタイプの人間だと思う。
バンドを始めた頃もステージの幕が上がるまでは「あいつがボーカルなの?」と言われるような地味なタイプだったらしい。
それが、衣装を着てマイクを握ると「バブルでゴージャス天真爛漫無邪気な生まれつきのロックンローラー」そのものになる。
もちろん、それは彼自身が望んだはずの役柄だったと思う。
でも、レッズ時代はあまりにもシャケの望むイメージに自分が染まってしまって、それが自分自身なのか、そうじゃないのかでジレンマに陥ってしまったような気がする。

そんなユカイ君が、最近TVで「新人くんをスカウトしてデビューさせよう!」みたいな夜中番組に出てて吹いた。

「やっぱりさあ、歌でやっていこうって思うなら自分独自の強烈な個性ってゆーか、誰でもないこれだっていう色がないとさ」

とそんなことを落選したデビュー志望の若者に対してコメントしてたんだけど、その彼を見て、今も「傍若無人で怖いもの知らずのイカれたロックンローラー」を演じているのか、それとも20年以上続けていればそれはそれでもう彼なりの「スタイル」と言えるのか…とちょと複雑な気分になってしまった。
多分、そういった自分自身であり続ける強烈な個性ってものの必要性を知ってて彼自身が求め続けてここまで来たから余計にそう思うのかもしれない…なんて思っちゃったりして。


それでもこの頃の「STILL OF THE NIGHT」は歌もベースもドラムもギターもすべてのバランスが良くって、曲に勢い以上の何かが宿ってるような気がして、疾走感のあるミドルナンバーなカッコイイ曲なんだけど聴くと切なくなって泣きそうな気分になるんだよ。
全然哀しい曲でも歌でもないんだけど。






これ↓ギターはもちろんいいんだけど、ベースがすっごくカッコよいのよ。

★【OUTSIDER LIVE AT 武道館 1988



シャケのギターはテクニックが巧いとか早弾きできるとかっていうより、割と単純な感じだったと思う。
でも、メロディーラインがなんとなく情緒的で絵画的でシャケの曲をユカイ君が歌い…って最強の組み合わせだったんだよなぁ。




まだ彼らが学生バンドで対バンステージかなんかやってた頃のシャケ語録。

「○○のバンドのやつら、すっげー巧かったなぁ。


 でも、俺たちの方がカッコよかったけどな」 ニヤリ



私は今も昔もシャケのそーゆートコロが好きだっ。
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RED WARRIORS、再び。(個人的に) 

三つ子の魂百までも…。
もう忘れちゃったと思ってたよ、この感覚。


★【RED WARRIORS CASINO DRIVE LIVE AT 武道館 1988




これは1988年(昭和63年)の武道館ライブ(通称1000円ライブw)のライブ盤。
何気にもう20年前のライブなんだなぁ。
このライブ盤ビデオテープは擦り切れるほど観てた。
私が彼らのライブに行ってみたい!と思った頃にはもうレッズ(*当時はファンの間でこう呼ばれていた)というバンドは解散してしまった後だったので、私は彼らのバンド活動時代には一度もライブに行ったことがない。
でも、本当に擦り切れるほどこのビデオを観てたので、今では「レッズのライブに行ってたんじゃないっけ?」と自分でも錯覚するほどだ。

最近じゃレコード屋のR行でレッズのアルバムを見ることもほとんどない。
だから、これみっけた時はめっさドキドキした!
あの頃の宝物を見つけたはいいけど、今の自分にはゴミみたいなものになってしまってるような気がしてさ。


でも、まだ宝物だった。
そのことがすっごくうれしかった。








★【RED WARRIORS 日比谷野音 1986




私が知らない、デビューしたてで怖いもの知らずの若造君だった頃のレッズ発見!
デビューしたてだからお客の乗りもぼーっとしてるけど、「でも、そんなの関係ねぇ!!」って勢いがあるなぁ。
たしかこの頃はユカイ君(*ヴォーカル)はバンドとしてデビューするか公務員になるかで悩んでたんだよw。

彼らが活動してた(第1期)のは1986年(昭和61年)から1990年(平成2年)の4年間なんだけど、思うにレッズってもうデビューしたこの頃からバンドとしてほとんど完成されてたんだなぁ。




ああ、それにしてもシャケ(*ギターでバンドのリーダー)のこの不敵な笑顔ったらもう!

ほんとにこの頃(レッズ時代の)シャケのギターって、めっさ好きだわー。
多分、今の自分がこの頃のライブ観てもやっぱり惚れてる…。
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