小さなお茶会 ~じるこん堂へようこそ~

匂いの迷路をひげの指すとおり進めば 少々思わぬことに出くわしても辿りつける…らしい。

07« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»09

このページの記事一覧

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --  * top △ 

1980年代のタイムマシン ① 

キャーーーーーーーーッ(゜▽゜;∥!!
実家の蔵からとんでもないモンが出てきちゃった!
昭和55年(1980年)2月10日発行の【アニメージュ】2月号!by徳間書店。 定価:590円也。
アニメージュ1980

<表紙目次>
火の鳥 PHOENIX2772
・'79-'80 ANIMATION GRAND PRIX アニメ総決算
・特別ふろくポスター
機動戦士ガンダム
キャプテン・ハーロック

2月号表紙のイラスト:中村和子高橋信也




うわ、かび臭いです。
現在平成18年(2006年)-昭和55年(1980年)=26年前…。

うーわー、ありえない!
26年も前に自分がこんな雑誌を買うなんてありえないっ!
でも誰が買うんじゃーーーーー!?(はあ、はあ)
しかし、この「国鉄首都特別扱承認雑誌第4028号」って名前だけ見るとすごいお堅い雑誌かと思っちゃいそうで笑えます。↓
アニメージュ2


長年、蔵の中で保存されていただけあって中身は意外とキレイです。
まるで封印を解かれた直後の高松塚古墳の壁画(→イメージ)みたいなもんでしょうか。
このまま普通に放置していたら劣化して絵が消えるかもしれません…。



以下引用---------------------------。 


『999』の大ヒットに代表されるように、今年のアニメはTV、劇場に大奮戦の年であった。テレビアニメ元禄ともいわれた'79年をふりかえると…。
アニメ10大ニュース
○これはAMとファンの声をトータルして選んだ'79年アニメ界の10の現象である。





1  零士ブームの頂点『銀河鉄道999』'79日本の夏を制覇!!
'77年のビッグショット"ヤマト"は、松本アニメブームに点火し、その火の手は、ついに今年の『銀河鉄道999』に燃えひろがった。
1979年8月4日、999号は暑い日本の夏を制覇し、アンドロメダへと旅立っていった。

『999』のヒットの要因をさぐってみると---。
①スペースロマンブーム
②アニメブーム
③ヤマト以来、急上昇してきた松本絵画のブーム
---この3つの要素が重なり合って生まれたものといえよう。それに、なんといっても松本作品の大きな特徴である受け手に与える限りない夢が約340万人の観客を動員した原因でもあった。


☆実は、この松本零士先生の、アニメが映画で盛り上がっていた時、私は全く映画そのものを観ることはできなかった。
何故なら、映画館が我が町にはなかったからである…。そしてレンタル屋もないのである。

でも、この頃、まったく観ることもできなかったアニメ映画の盛り上がりをまったく盛り上がってなかった我が町の中でもリアルに感じてわくわくしていたことを思い出す。

★『銀河鉄道999』*小学館

★【銀河鉄道999 アニメオフィシャルファンサイト

★【劇場版『銀河鉄道999』 】*東映アニメーションオフィシャルサイトより






2  富野・安彦ラインの最高傑作『機動戦士ガンダム』登場!!
約1年前、ロボット・アニメの異色作品として脚光をあびた『ザンボット3』(*無敵超人ザンボット3)のコンビ、富野喜幸(よしゆき*改名前。富野由悠季というペンネームは原作、監督、小説執筆の時に使われる)氏と安彦良和氏が、構想も新たにニュータイプのテレビアニメを製作。その名は『機動戦士ガンダム』!!

従来のロボット・アニメはアクションを主体とした子ども向けであったが。しかし、ガンダムは登場人物の複雑な設定、人間の葛藤などの表現を前面に打ち出したストーリー中心のアニメである。それゆえ、人気の層がハイティーンに集中したのだが、この新しいターゲットに対して、今後のアニメはどう答えるだろうか。

☆安彦良和(作監) 虫プロ出身。『勇者ライディーン』の作監以来ますます脚光を浴びてきた。

☆富野喜幸(演出) 虫プロ出身。『ジャングル大帝』の演出など手がけ、現在、サンライズ所属。



☆実は、当時からまったく興味のなかったアニメ。
それが、初代ガンダムから26年後の現代でも、シリーズが延々と製作され新たなファンを獲得し膨張しつづけるアニメになろうと誰が予想できたでしょう?
★監督の富野由悠季氏に関するブログ→【富野とかBLOG2
文章が面白いので、作品を全く知らないで理解したような気になる不思議なブログ?です。

★ガンダムキャラについてはこちらでも→【とりかご
お話そのものを知らないのに、記事を読んでいるうちにキャラの素材がよくわかるようになってきました(笑)。ついでに特亜情報も。
ちなみに私はどうやらレイ博士がスキみたいです(笑)。
いや、アニメでは一度もお目にかかったことはないんだけれども。






3  劇場用アニメ、ズラリ公開。いずれもヒット!!
'79年は劇場用アニメのラッシュであった。しかもそれらは、いずれも成功をおさめている。従来の劇場用アニメは児童向けの短編が、年数回、行事的に公開されるというケースだったが『ヤマト』以降、その観客層は大きくぬりかえられた。

1979年公開
アルプスの少女ハイジ
龍の子太郎
海のトリトン
銀河鉄道999
未来少年コナン
北の狼・南の虎』(*野球狂の詩の劇場版)
エースをねらえ!
がんばれタブチくん

'79年は空前の劇場用アニメ映画ラッシュであったといえよう。そして、そのいずれもが一応の成功をおさめている。

1980年公開
ルパン三世』(*カリオストロの城)
母をたずねて三千里
あしたのジョー
家なき子
森は生きている
火の鳥2772
地球へ…』

と'80年も多数の劇場用アニメが発表されようとしている。質の低下をともなわずにこの状態がつづけば、アニメはもっと一般的なものとなるはずだ。

キネマ旬報』編集長・黒井和男氏のコメント
アニメ映画がこれほどうけ、これほど上映されるというのは、外国では見られない日本特有の現象です。とくに『999』のヒットはことしの邦画界のトップで、当然'79年映画界10大ニュースにも入っています。これほどアニメ映画がうけた背景には、実写映画の弱体がありますが、それよりテレビで育った世代がお金を払って見る映画観客の若返り現象で、それがいまや一アニメファンから一般ファンにまでおよんだブームの表れでしょう。



☆『カリ城』や『地球へ…』が劇場公開されているのは知ってたけど、『ハイジ』や『母をたずねて』まで映画になってたのは覚えてないなぁ。(つか、映画上映してても観に行けないし)
そう言えば、この頃?かな。TVのニュースで

「外国人が日本にやってきて驚くことのひとつが、電車の中で大人が漫画を読みふけっている姿です」(=恥ずかしいこと、という印象)

とかいうような報道があったのは。(もっと後かも)
【マンガ】=子どもが見るもの
【アニメ】=もっと子どもがみるもの
というイメージがまだまだ強い時代だったのかなぁ。






4  30分番組ではものたりない長時間スペシャルアニメの大健闘!!
'79年はシリーズのテレビアニメとはべつにもっと見ごたえのある長編も多く放映された。
古くは'65年『新宝島』にはじまったスペシャルアニメは、'78年『バンダーブック』以来、アニメの新しい形体として定着したようだ。とくに
アンネフランク物語
はスポンサーがコンピューター会社(*日本IBM)、そしてドキュメンタリーであったことなど数多くの話題を生んだ作品であった。
その他『ヒットエンドラン
まえがみ太郎
813の謎』(*怪盗ルパン)
とんでもネズミ
あしたの勇者たち
ヤマト新たなる旅立ち
マリンエクスプレス』(*→手塚治虫『海底超特急 マリンエクスプレス』)
ジャン・バルジャン物語
大恐竜時代
足ながおじさん
ヤマト2総集編』
銀河鉄道999
とめじろ押し。30分連続アニメではものたりなくなった視聴者が、より濃縮された内容と作品のボリュームを求めたひとつの表れだった。


☆この辺りはちょっと記憶に薄い。






5  視聴率20%突破、79年の大ヒーロー『ドラえもん
約13年前(*1966年?)『オバQ』ブームを巻き起こした藤子マンガがまたまたお茶の間をにぎわせている。ヒーローというよりも日本中の子どもたちのアイドルとなったスーパースター。その名は『ドラえもん』!

夕方5時半をまわるころ、外で遊んでいた子どもたちは家に飛んで帰り、テレビの前にかじりつく。子どもたちにとって、ドラえもんはかかせない"生活の一部"になってしまったようだ。このおそるべき人気の秘密は?
ドラえもんは近ごろのアニメでは忘れられていたあたたかさと子どもの夢にあふれている。だが、極端ないい方をすると、ドラえもんのみに人気が集中しているのは、スーパーヒーローものが多くなりすぎたことに対するひとつの警告ではないだろうか?
また、原作者・藤子不二雄のマンガに対する変わることのない製作姿勢にも、ヒットの原因はあったといえよう。このマンガの基本である良心的な作風が、ドラえもんをお茶の間のヒーローたらしめた大きな要因であることはまちがいない。


☆実は、子ども当時私は『ドラえもん』が苦手だった。
ドラえもんがというか、「のび太」の不甲斐なさが幼いながらに許せなかった。
バカなりに努力してれば好感も湧こうってものだったのだけど、バカな上に怠け者でスケベで自分が優位に立つとすぐ威張ったり、(それもドラえもんの出してくれた未来の道具で)便利な道具も上手く使いこなせないとそれをドラえもんのせいにしてジタバタしたり…、もーそういのが歯がゆくてたかがアニメなのに見ていると腹が立ってくるのでした(苦笑)。
弱い者いじめするジャイアンも利己的で優越感バリバリのスネ夫も可愛くてお利口だけど物事の表面しか見えないシズカちゃんも泣きつかれてすぐに未来の道具を出してのび太を助けちゃうドラえもんもイヤだった。
みんなよく考えたら「小学生」なんだから…(‐ω‐;)そこまでキビシク性格を追求しなくても…と思いたいところだが、当時子どもだった自分がそう感じちゃったのだからどうしようもないですが。
とはいえ、ドラえもんの出す未来道具の数々には、やはり羨望のマナザシだったこるちです。

むしろ、今の方が『ドラえもん』を伸び伸びと見ることができるような気もします。

★【ドラえもんチャンネルへようこそ! 】*音声付です。どこでもドアがそそります。

★【DORAEMON THE MOVTE 25th】*←ドラえもん のび太の恐竜2006 の公式サイト。






6  声優イベント、AM・C(アニメ-ジュ・キャラバン)をはじめとして、ますます大フィーバー!!
'79年は声優イベントが目白押し。アニメファンとほんとうのコミュニケーションを深めた年であった。

'79年は、なんと、50以上に及ぶ声優イベントがもよおされた。
アニメのキャラクターに対する人気集中により、ファンが「手にふれることができる身近なヒーロー」たる声優に目を向け、ふれあいを求めたことが多数のイベントを成功させた原動力なのだろう。さらに、キャラクターをはなれた声優自身のもつ魅力にファンが気がついたため、さらに熱く盛り上がったということができよう。

*第1回AM・Cは3月29日、仙台で行われ、神谷明井上和彦の人気声優が大奮戦。第2回広島大会(7月30日)は水木一郎などの出演に会場は超満員になった。


☆この手のイベントは今はもっとアツクなってるんでしょうか?
さすがにまだコスプレイベントにはなっていないようです。







7  旧『ルパン三世』コンビ宮崎・大塚ライン映画で復活!!
旧『ルパン三世』から8年…。宮崎駿大塚康生の名コンビが、構想も新たに大型スクリーンに挑戦した。

'71年『ルパン三世』のテレビ化で演出を担当した宮崎駿氏と作画監督の大塚康生氏はその後、東宝の劇場用短編、『パンダコパンダ』で絶妙のコンビネーションを成し遂げた。
そして'78年『未来少年コナン』でその威力をフルに発揮。
この両氏は、東映動画時代からアニメ界で脚光をあびていた俊才で、あの名作『太陽の王子ホルスの大冒険』でその名を不動のものとしたといってよい。アニメに対する基本的な考察、見方、また妥協を許さない劇作姿勢は両者相通じるものがあり、ファンの間ではこのコンビの描く長編が長く熱望されていた。
そして'79年、宮崎監督・大塚作監という形で構想も新たに『ルパン三世・カリオストロの城』劇場用長編が封切られたのだ。アニメ界、およびファンの間で、さすがは名コンビとその質の高さが大きな話題となっている。

宮崎駿(監督)=元東映動画。『ホスル』で大塚、高畑勲氏と組み、その才能をフルに発揮。 (*まだ黒髪ふさふさ)

大塚康生(作監)=元東映動画。過去多く長編を手がけ名作を残したアニメ界の大御所でもある。



☆もう、いわずもがなって感じです。
が、この名作アニメも劇場公開中はその内容には全く触れることが出来ない状態だったので、私にとっての始まりは、TVで放送されるようになった、もっと後年のことになります。

★【高畑勲・宮崎駿作品研究所

★【スタジオジブリ公式サイト】*2006年7月公開予定『ゲド戦記』について。監督:宮崎吾郎

★【スタジオジブリ】*トップページはこちら。

★【宮崎駿とジブリの世界】*宮崎駿作品、スタジオ・ジブリの作品とグッズについて徹底紹介しているサイト。







8  【マーガレット】の2大傑作、『エース』劇場用と『ベルばら』TV化。
週刊マーガレット】の誇る2大人気作品がアニメ化。テレビと映画に花をそえた。

山本鈴美香原作の『エースをねらえ!』は'73年、そして'78年には『新エースをねらえ!』としてテレビアニメ化されている。そして、構想も新たに'79年9月、1時間30分の新作劇場用アニメが公開された。監督・出崎統、作監・杉野昭夫のコンビが、もてる力のすべてを結集して作り上げただけあって、美しい画面が印象的だった。
また、池田理代子原作の『ベルサイユのばら』も、宝塚で大人気を博し、映画化もされている。そしてついにテレビアニメ放送となった。美形キャラのヒットメーカー、荒木伸吾により「動きの命」を吹き込まれたオスカルの今後の活躍に大いに期待したい。



☆この辺りはマンガからも入ったと思います。
中学校時代の音楽の先生が当時にしては珍しいことだったかもしれませんが、『エースをねらえ!』や『ベルサイユのばら』他、『オルフェウスの窓』とか池田理代子作品等のファンで、自分から進んでこれらのマンガを生徒に貸し出してくれる変わった先生でしたが、財力のない学生にはとってもうれしいことで、もうみんな回し読みの順番待ちでむさぼり読んだ記憶があります。

「学校の先生が貸してくれたマンガだもーーん」

と思うといつもはこそこそ読むマンガも親の前で堂々と読んだれ!みたいな大船にのった気分だったのを思い出しまします。





9  驚異の長寿番組『巨人の星』『キャンディ・キャンディ』あいついで終了。
足掛け11年もの間、3度放送された『巨人の星』シリーズ、そして日本中の少女を魅了した『キャンディ・キャンディ』がついにその幕を閉じた。果たしてこれらにかわるヒット作品が80年代に現れるのだろうか。

「思い込んだら試練の道を…」視聴者をブラウン管に釘付けにした星飛雄馬が去ってしまった。いわゆる「スポ根アニメ」の元祖としてまた、劇画タッチをはじめてアニメに導入したことなど、のちのテレビアニメに及ぼした影響は多大であったといえる。星飛雄馬よ永遠なれ!



☆『巨人の星』ってそんなに長い番組だったのか!?、と今更驚いたりして。
キャンディ・キャンディ』といえば、小学低学年の頃にいわゆるマンガ家さんが使うようなライト内臓のトレース台を買ってもらって遊んでたです。
もちろん『キャンディ・キャンディ』のイラストブック付き。

Σ(゜д゜;)はうっ!?、そんな便利なグッズを使いこなす前にどっかやっちゃったことが、今更ながら悔やまれます!(しかも当時はちっともその認識がなかった)





10 テレフィーチャーで2時間の新作。『ヤマト-新たなる旅立ち-』健在なり。
ヤマト』ブームの余韻はまだまだつづく。'79年7月31日、茶の間に2時間の新作ドラマとして放送された『新たなる旅立ち』は30.5%の高視聴率を獲得した!!

宇宙船監ヤマト』がアニメ界、そしてファンに及ぼした影響に関していまさら書くまでもない。'79年、ヤマトはテレビフィーチャーという新しいアニメの形態をとって放送された。今まで、ヤマトのファンといえばティーンエージャーが多かったが、『新たなる旅立ち』によって、低年齢層など広いファンを得たのだ。


☆その低年齢層もいまや中年 いえ青年…。

--------------------------



濃い…。






濃いよ、この時代の空気が(爆)。
この空気に一瞬でタイムスリップした自分がいます。




机の引出しからドラえもんが出てくるんじゃないかって錯覚しそうです。
アニメ *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 

この記事に対するコメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL
→http://ilovemannga05.blog39.fc2.com/tb.php/70-e2d25306
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。