小さなお茶会 ~じるこん堂へようこそ~

匂いの迷路をひげの指すとおり進めば 少々思わぬことに出くわしても辿りつける…らしい。

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TV番組 『世界ふしぎ発見!』 

結構好きな番組のひとつです。

日立の『世界ふしぎ発見!』。

先日の特集はスロヴェニアでした。




あまりにも自然が美しいので、俄然行ってみたい国にランクイン!て感じです。
なので、忘れないようにメモしておこう“〆(。。)mっと。


<第964回> ★知られざるスロヴェニア ヨーロッパ最大の地底世界を行く
 2006/06/10(土)21:00~ 放送。
今回のは、1991年ユーゴスラビアから独立を果たしたスロヴェニアの特集。
古くからヨーロッパ屈指の山岳リゾートとして知られ、四国ほどの小さな国土のお国です。。
今回のミステリーハンターは「はまじ」の愛称で雑誌・CMなどで活躍中のモデル、浜島直子さん。なかなかチャーミングな方ですね!
そんな浜島さんの目に映ったスロヴェニアは・・・?
スロヴェニア・アルプスの瞳

昔から神の住む山として、また民族独立の象徴として人々に崇められてきたトリグラウ山や、アルプスの瞳と呼ばれるブレッド湖、さらに日本の鍾乳洞とは桁違いのスケールだという巨大な地底世界を紹介していただきました。




「美しい山あり、湖あり、さらに地底世界あり!の素晴らしい国でした。
ふと目に入る景色が、まるで絵画のような美しさだったりするんです。
日本よりも太陽の光が濃いせいか、街で見かける果物や野菜まで、すべての色彩が120%発色しているような感じでした。
またその美しさからアルプスの瞳と呼ばれるブレッド湖は、遠くから見るとエメラルドグリーンで、絵の具を溶かしたような湖。
でも近くで見ると緑が深まる不思議な色をたたえているんです。
その真ん中には趣のある教会が建っている島があって、まるでお伽の世界が現れたような景色ですね。
島に渡る手段は手漕ぎボートなので、一生懸命に漕いでいると、角度や太陽の光によって湖面の表情がくるくる変わったりも。
本当に心の中までピュアになる自然が広がっているんです」


手漕ぎなのは自然環境への配慮からなんだそうです。
徹底してますね~!



「全長25キロのポイストナ鍾乳洞では、初めの数キロをトロッコで移動するんですよ。
それもすごいスピードでかなりのスリル!
地球の内臓をグォーっと探検してる気分でした。
(中略)
世界遺産に登録されているシュコツィアン鍾乳洞は、さらにスケールが大きくて、もう宇宙空間に迷い込んだかと思うくらい。
撮影用のライトをたくさん点けたにもかかわらず、一寸先は闇という感じです。
結構、風があって寒いし、それがまた凛とした雰囲気で自然の厳粛な世界に足を踏み入れた気がしました。
そして5~10分ほど歩くと、轟きが聞こえてきて、40メートルほど下には川が・・・!
それも激流なんです。
天井は遥か上にあるし・・・、川の渓谷に掛けられた橋に立つと、気分はもう蟻んこでした。
高さとか雰囲気とか、自分の力ではどうにも敵わないスケールに圧倒されて、悪いことはしていないのに「すみませんでした! もうしません!」って気分!? 無力さというか、自分がちゃんと存在しているのか確信できない不思議な感覚になってしまうんです。
本当にものすごい世界が広がっているので、ぜひ見ていただきたいですね!」


確かにこのスケールの大きさは、四国くらいの国土にある鍾乳洞としては度肝を抜かれるものがありますね。
能ある鷹は爪隠す…って感じ!?でしょうか。



「今回の取材でお世話になったコーディネーターさんは日本人なんですが、スロヴェニアを純粋に愛していて、とても誠意のある熱い方でした。
彼はみなさんにスロヴェニアのいいところだけでなく、戦争とか過去の辛い出来事も知って欲しいという想いを持たれていました。
でも日本ではあまり知られていない国だから、今回の番組をスロヴェニアの入り口にされる方もきっと多くいらっしゃいますよね。
だから初めて目にするスロヴェニアには、こんなに魅力があるということをご紹介して、まず関心を持っていただいて、そこからさらに一歩深く過去の歴史や政治、それによって庶民がどういう道を辿ったかを知って欲しいと仰っていました」



-----『世界ふしぎ発見!』の浜島直子さんのレポートより。


いやぁ、ほんと美しい!
でも正式な独立が1992年(平成4年)と人間で言えばまだ14歳の中学生!とつい最近のことなんですね。

TVでは過去の戦争のことやそういった辛い歴史には触れられていませんでしたが、ピクシーことストイコビッチ選手(*)でなじみのあるユーゴスラビアとの確執は深いものがありそうです。

(*)ドラガン・ストイコビッチ名古屋グランパスに在籍中は夢のような足技で、サッカーに疎い私をも夢中にさせた。
在籍期間:1994年~2001年7月21日。東京ヴェルディvs名古屋グランパスの試合がピクシーの引退試合となった。


そう言えば、当時ユーゴスラビア紛争は遠い世界の出来事ながら、ピクシーにとっては母国への不安でいっぱいだったことが間接的に胸にせまって来て、なんだか心苦しい気分になったことを思い出します。




しかし、それにしてもあの自然は美しいです。
クロアチアはクロアチアで、1998年フランスW杯で対戦した国としてなんとなく親しみを感じますし。

歴史的には泥沼な確執を抱く国同士なのに、なにかしら、あの辺りの国々には親近感を感じます。
多分、ストイコビッチ選手の印象が大きいんだと思います。


ユーゴスラビアを含め、スロヴェニアクロアチアと旅してみたいですな。
イタリアも何気にお隣りなんだよね。





★以下Wikipediaから。

スロベニア共和国(スロベニアきょうわこく)、通称スロベニア。(スロヴェニアでもいいのね)

中欧の国。
首都はリュブリャナ
旧ユーゴスラビアから独立した。西にイタリア、南と東にクロアチア、北東にハンガリー、北にオーストリアと接する。南西でアドリア海に面している。

スロベニアはイタリア(特に北イタリア)、オーストリアといった西ヨーロッパ地域に隣接しており、極めて西ヨーロッパに近いという性格を有している。
このことは勤勉なスロベニア人気質に極めて大きな影響を与え、文化的にはドイツの影響を極めて強く受けている。
また、経済的にはユーゴスラビア内の経済先進地域となるバックボーンとなり、現在欧州連合(EU)内でもギリシャポルトガルに匹敵する国民1人当たりのGDPを誇る要因となっている。
政治的な面でも民主的な政体が安定して存在していることには、この地政学的特徴が少なからず良好な影響を及ぼしている。

国名 : 正式名称は、スロベニア語Republika Slovenija
      通称は、Slovenija。

      公式の英語表記は、Republic of Slovenia
      (リパブリック・オブ・スロヴィニア)。
      通称、Slovenia

      日本語の表記は、スロベニア共和国
      通称、スロベニア


公用語   : スロベニア語

首都    : リュブリャナ

最大の都市 : リュブリャナ

大統領   : ヤネス・ドルノウシェク

首相    : ヤネス・ヤンシャ

面積
 - 総計 : 20,273km²
 - 水面積率 世界第150位 : 0.6%
 
人口
 - 総計(2004年) : 2,011,473人
 - 人口密度 世界第142位 : 99人/km²

GDP(PPP)
 - 合計(2003年) : 368億9,000万ドル
 - 1人当たり 世界第79位 : 18,300ドル


独立
 - 宣言 : 1991年6月25日
 - 承認 ユーゴスラビアより : 1992年


通貨 : トラール(2007年にユーロに移行予定)

国歌 : 祝杯 ♪




スロベニアの語源はスラヴ (Slav) で、これはスロバキアと同じ。
そのため似たような国名になっている。

但し、これは俗説の一つでありスラブが英語の"Slave"と同じ古ギリシア語の"Sklabos「奴隷」"を語源する事から、スロベニアとしての公式的な見解ではない。
現在、スロベニアの語源については諸説あり、定説というものはない。(ほー。)


歴史 :
6世紀ごろに南スラブ系スロベニア人が定着。
774年カール大帝によってこの地域を支配していたランゴバルト王国が打ち滅ぼされるとフランク王国の支配下に入った。
この地域はその後もフランクの遺領として扱われ、後に東フランク王国、すなわち後の神聖ローマ帝国に編入された。
現在のチェコと並んで神聖ローマ帝国領とされた事は他のスラヴ人地域と異なった歴史的性格をスロベニアにもたらすことになる。
他の南スラヴ人と比較してもスロベニア人は勤勉で、ドイツ人気質に近いという評価を受けることは多い。
また、現在でもドイツ語とのバイリンガルは多い。

15世紀にはハプスブルグ家領となり、以降オーストリア大公領、1867年にオーストリア・ハンガリー帝国が成立するとオーストリア帝国領となった。

その後1918年第一次世界大戦が終了しオーストリア・ハンガリー帝国が解体されると、セルビア王国の主張する「南スラヴ人連合王国構想」に参加。
セルビア・クロアチア・スロベニア王国の成立に加わった。
この際スロベニアの一部地域ではオーストリアとの経済的、文化的な結びつきが強かったため、住民投票が行われ、オーストリアに帰属するか、スロベニア(セルビア・クロアチア・スロベニア王国)に帰属するかを住民投票で決めた地域が存在する。
この王国は、1929年ユーゴスラビア王国に改称した。

1941年にユーゴスラビアに枢軸国が侵入すると、スロベニアはナチス・ドイツの占領下におかれた。
このことからもスロベニアが広義的にドイツの一部として扱われていた歴史を窺い知る事ができる。

西に接するイタリアはスロベニア沿岸地方を自国の領土と考えていたため、ムッソリーニ指揮下のイタリア軍が首都リュブリャナを占領している。

1945年ユーゴスラビアに復帰。
1980年代になるとユーゴスラビア内の経済格差が拡大。
中でも地理的に西ヨーロッパに近く、ユーゴスラビア内での経済的な先進地域であったスロベニアでは、工業を中心とした「経済主権」を主張してユーゴスラビアからの分離独立を目指す動きが次第に強くなっていった。

1991年6月にユーゴスラビアとの連邦解消とスロベニアの独立を宣言。
短期的、小規模な十日間戦争の後に正式に独立。
1992年5月、連邦構成国だった隣国クロアチア、同じく連邦内にあったボスニア・ヘルツェゴビナと同時に国際連合に加盟した。

その後はヨーロッパ回帰の動きを強め、2004年3月にはNATOに、同年5月1日に欧州連合(EU)に加盟。


独立後の政治 : 
スロベニアユーゴスラビア連邦から独立した理由の一つは、ユーゴスラビアがもともと中央集権的な性格が強く、チトー後にはさらにセルビア民族主義的な色彩を帯びていたためである。

1989年9月にはユーゴスラビア連邦から合法的に離脱する権利を記したスロベニア共和国憲法の改正案が共和国議会を通過する。
1990年4月、第二次世界大戦後初の自由選挙を実施。
共産党政権は過半数の票を集めることができず、野党連合のデモスが勝利した。
首相には第三党のスロベニアキリスト教民主党のロイゼ・ペテルレ党首が選ばれている。
同時に、共産党の改革派だったミラン・クーチャンが大統領となった。

1991年6月に独立を発表すると、スロベニア国内に基地を置いていたユーゴスラビア連邦軍と戦闘状態に入るが、7月には停戦に成功、同年10月には連邦側が独立を認めた。
12月23日には現在の憲法が有効となり、複数政党制と大統領制が確立する。

1992年12月には独立後、第1回となる大統領選挙を実施、ミラン・クーチャンが選ばれた。
同氏は1997年11月にも再選されている。
2000年10月の総選挙では自由民主主義党が第1党となったため、連立政権が発足した。
2002年12月の大統領選挙ではドルノウシェク首相が当選した。


政治制度 :
国家元首大統領は、任期5年で、国民の直接選挙によって選出される。
行政府の長である首相は、議会の下院が総選挙後に選出し、大統領によって任命される。

立法府は、両院制。
下院(国民議会)は、定数90で、40を直接選挙で、50を比例代表選挙で選出する。任期は4年。
上院(国民評議会)は、定数22で、各種団体による間接選挙で選出され、任期は5年。
上院の立法権限は下院よりも弱く、諮問機関としての性格が強いが、国民投票(レファレンダム)を行うか否かの決断を下す権限を有する。

有力な政党はスロベニア自由民主党スロベニア人民党スロベニア社会民主党スロベニアキリスト教民主党である。

スロベニアユーゴスラビア時代から経済的な先進地域であり、ユーゴスラビア紛争が収束する中でセルビア人クロアチア人労働者を受け入れてきた。

しかし、EUではEU内の労働者の移動、就労は自由化されるが、一方でEU外の労働者の受け入れは厳しく制限される
そのため、2004年のEU加盟に前後してセルビア人労働者を制限する方向に転換しており大きな政治焦点になっている。


スロベニアは、193の市(自治体)に分かれる。
そのうち、特に人口の多い11の市は、特別の地位にある(日本の政令指定都市に相当)。
以下にあげるのは、その11の市で、カッコ内はドイツ語イタリア語名。

ヴェレンニェ(ヴェラン)
クラーン(クラインブルク)
コペル(カポディストリア)
スロヴェン・グラデツ(ヴィンディッシュグレーツ)
ツェリェ(ツィリ)
ノヴァ・ゴリツァ(ノイゲルツ) → 参照:ゴリツィア
ノヴォ・メスト(ルドルフスヴェルト)
プトゥイ(ペッタウ)
マリボル(マールブルク・アン・デア・ドラウ)
 - 第二の都市であり東部の中心都市でもある。人口は11万人(2002年)
ムルスカ・ソボタ(オルスニッツ)
リュブリャナ(ライバッハ)
 - 首都、人口26万人(2002年)はスロベニア最大の都市。
 - ちなみに名古屋市の人口は約222万人。(2006年5月1日現在)




またアドリア海ってのもなんか『紅の豚』で耳に覚えがあったり、『魔女の宅急便』の町とダブったりで、風光明媚な港の風景は知らない土地なのに妙に懐かしい気分がするんですよねぇ。

いつか、あの辺りを旅してみたいものです。
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